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SPECIAL INTERVIEW | 落合陽一 BAG -Brillia Art Gallery-
落合陽一はなぜアート展で鮨屋と鰻屋を作ったのか? 高速道路の高架と高いビル群に囲まれた京橋の大通り。突如、鮨屋と鰻屋が横並び立ち、この界隈で働く人々を驚かせている。実はこの2つ、メディアアーティストの落合陽一によるアートの展覧会場だ。展覧会のタイトルは「昼夜の相代も神仏鮨ヌル∴鰻ドラゴン(ひるよるのあいかわるきも かみほとけ すしぬるゆえに うなぎどらごん)」。一見奇妙なこのタイトルは短歌の形式で表現されている。
鮨屋側の暖簾をくぐるとこの界隈にありそうな鮨屋の空間が現れ、そこに落合の作品がいくつも飾られている。カウンターの後にある鯖やマグロの鱗を写した2018年頃から撮り続けている写真のシリーズが、まるで最初から鮨屋に飾ることを考えていたのではないかと思わせるくらい見事に馴染んでいた。頭上の神棚には新作の「ヌルの御神体」がうやうやしく祀られている。 もう1つの展示会場の暖簾をくぐると、今度は江戸時代の鰻屋の軒先にタイムスリップさせられる。軒の向こうには巨大な「鰻ドラゴン」という作品が鎮座している。一体、落合はどうしてこのような作品を作るに至ったのか。
落合陽一と聞くと、テクノロジーを扱うアーティストという印象を持つ人も多いかもしれない。しかし、最近の落合は地域に残る伝統芸能、伝統工芸を扱ったプロジェクトも多く手がけている。「サイエンスもリサーチだし、テクノロジーもリサーチだし、アートもリサーチ」。だから本質は変わらないと落合。彼の根底にあるテーマは、やがて訪れると信じる「デジタルネイチャー(計算機自然)」の世界であり、そこを軸足にすると「世界がどう見えるか」が作品作りの基本スタンスとなっている。今回、東京建物からBAG -Brillia Art Gallery-で展覧会をすると言う話をもらった落合は早速YNK(八重洲、日本橋、京橋の略)と呼ばれるエリアをリサーチする。 Photo: Yuki Akaba 「江戸時代は意外にも知られているようで知られておらず、手触りが残っているようで皆あまり触れていない。」と落合。YNKのエリアには、そうしたものがまだたくさん残っていることに気がついたという。鮨を握るところから、ホウキを作るところを見に行ったり、火消しの方をインタビューしたり、まだ残っている江戸時代の遺産の現物を探して遠くに行ったりと膨大なリサーチを行った。
そして「鮨屋や鰻屋、江戸の食事の発祥の地というのはやはり大きいな」と思うに至ったという。もう1つ重要だったのが竹細工などの木工文化だったという。奇しくも自身もカリモクや飛騨高山の職人と共にいくつか木工の作品を手掛けてきたことを思い出す。
こうして普段は真っ白な壁のホワイトキューブギャラリーの中に本物の鮨屋と鰻屋を登場させ、そこに木工を含む自身の作品を飾るアイディアが固まっていった。それがやがて平面、立体、映像装置なども含むさまざまな作品が楽しめる展覧会へと発展していった。
最初から鮨屋、鰻屋のアイディアだったわけではない。2023年には仏教をテーマにしていた落合、最初は江戸の宗教的空間をテーマにしようと考え、神仏習合における「神」をテーマにしたいと考えていたらしい。
リサーチを通して、このエリアでは昔、日本橋日枝神社の祭りで巨大な山車(だし)の上に2メートル近い巨大な人形を乗せて回っていたことがわかってきた(そうした人形は何十体もあったという)。それを再現してはどうかと思いついた。麒麟など色々なものが乗った山車があるが、麒麟は日本橋にあるしと日枝神社でリサーチしていたところ、龍神つまりドラゴンの絵を見つけて「これだ!」と思ったようだ。ただドラゴンを作ってもと悩んだ末、「じゃあ、鰻がドラゴンだったらどうだろう。」こうして鰻ドラゴンのアイディアが誕生した。
リサーチを続けたところ江戸時代、山王祭の山車で使われていた龍神の人形が明治になって千葉県佐倉市の肴町(さかなまち)に引き取られたことがわかり、これを見に行く。「鰻ドラゴン」は、ここで見た人形を参考にしつつも、人形が頭の上に載せていた龍が現代まで成長を続けていたらと、巨大化させ八岐(やまた)にし、人形の顔には現代らしくVRゴーグルをかけさせて作り出した。巨大な作品ではあるが、カリモクの協力で木工作りになっている。 さらに凄いことが起こる。リサーチを通して縁が深まった肴町の厚意で、今回、人形の装束が借りられることになった。装束だけではあるが145年ぶりに江戸に戻ることになった。こうして徐々に細部が決まっていった展覧会だが、落合は江戸時代から今日に至るまでに繰り返された多くの昼夜のサイクルも表現したいと思い始める。
「それを体現するために茶室をよく作っていたけれど、鮨屋と鰻屋をつくったらどうなるんだろう。」こうして最終的なアイディアに辿り着いた。
2つの展示空間のもう1つ、鮨屋側では、落合がよくテーマにするヌル(null)を祀っている。ヌルはコンピューターの世界でよく出てくる概念。コンピューター上のプログラムは「nullの状態から生まれnullに帰す。」落合はよくこれを般若信教の「空即是色」「色即是空」といった概念に重ね合わせている。では、それをたてまつる御神体はどうするべきか。
神社などで祀られている御神体の多くは鏡。落合は古墳などからよく出土される三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)を作ることにした。ヒモを通す穴の周りにレリーフが掘られているのが特徴だ。しかし、何もないというヌル(null)の概念を神道の考え方だけでは難しく、仏教の「空」という概念を混ぜる必要がある。落合は最終的に仏教的現代要素を神仏習合の一つとして発展させた「一仏五鮎八鰻三角縁仏獣鏡」を考えつき、その鏡に仕立てることにした。
ちなみに「ヌル」という概念が好きな落合だが、それを一番最初に形にしたのは2022年。「大手町の森」で展示をした「nullの木漏れ日」という作品だったが、それも今回と同じ東京建物の案件で落合は特別な縁を感じたという。
鮨屋と鰻屋を舞台にした展覧会は、落合のローカルとグローバルへの問題意識も反映しているという。
ローカル、つまり日本では昔だったり掛け軸や花を飾るところがあったりと生活と密接だったが、現代の社会でそれを続けているのは一部の限られた人々だけ。YouTubeやテレビといったポップカルチャーにはそうした様子は登場せず、芸術が縁遠くなってしまった。そんな中、芸術が鮨屋や鰻屋の中にあっても意外に成立するというのを見せたかったのも今回の展示の狙いの1つだ。 Photo: Yuki Akaba 一方、グローバルの課題としては日本の食文化は人気が高く、日本のアート作品を知っている人もいるけれど、それらがここ何百年かの日本のコンテンポラリー(現代)と地続きであることがなかなか伝わっていないと思ったこと。
この2つの課題意識を見せる上でも鮨屋はなかなか良いアイディアだと落合も展覧会の仕上がりにかなり満足している様子だ。
ちなみに落合陽一と東京建物のアートの縁は、2022年大手町タワー内にある「大手町の森」で設置されたメディアアート作品「nullの木漏れ日」から始まった。そして現在、話題となっている大阪・堂島に完成した分譲マンション「Brillia Tower 堂島」でも落合陽一のデジタルネイチャー思想を体現したインスタレーション作品「流転する森羅万象:堂島における計算機自然の旅路」が展示され、入居者の豊かな暮らしへ一役かっていることだろう。 【開催概要】
展覧会名: 落合陽一個展「昼夜の相代も神仏:鮨ヌル∴鰻ドラゴン
/ Divine Duality: Sushi, Null, and the Eel Dragon in Edo's Cyclical Time and Space」
会期:2024年9月7日(土)~ 10月27日(日)
会場: BAG-Brillia Art Gallery- 「+1」、「+2」
〒104-0031 東京都中央区京橋3丁目6-18 東京建物京橋ビル1階
開館時間: 11:00~19:00 (休館日:月曜日)
※月曜日が祝日の場合は開廊し、その翌日は閉廊します。
料金: 無料
主催: 東京建物株式会社
企画監修: 公益財団法人 彫刻の森芸術文化財団
協賛:カリモク家具株式会社
機材提供・技術協力:株式会社セイビ堂
協力:麻賀多神社、佐倉山車人形保存会、田中 朋清、日枝神社、近畿大学水産研究所
取材協力:府川 利幸(八重洲一丁目中町会長)、中村 悟(江戸帚専門老舗・白木屋中村傳兵衛商店 七代目当主)、𠮷野 正敏(日本橋𠮷野鮨本店五代目 )、岩本 公宏(鰻割烹 いづもや 三代目)、鹿島 彰(一般社団法人 江戸消防記念会第一区三番組 組頭)
運営: 株式会社クオラス
Text : Nobuyuki Hayashi
Photo: Takuya Yamauchi
VIDEO
DESIGNART TOKYO 2024 SPECIAL INTERVIEW | 落合陽一 at BAG -Brillia Art Gallery- Video: Takuya Yamauchi / VIGNETTE
BRAND / CREATOR
落合陽一
メディアアーティスト。1987年生まれ、2010年頃より作家活動を始める。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。筑波大学准教授、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。近年の展示として「ヌル即是計算機自然:符号化された永遠, オブジェクト指向本願」(岐阜・日下部民藝館, 2023)、「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」(Gallery & Restaurant 舞台裏, 2024)など多数。
Photo: Jun Sugawara
https://yoichiochiai.com/
BAG -Brillia Art Gallery-
Brilliaは東京建物のマンションブランド。同社は豊かな暮らしにはアートが必要不可欠と考え、その想いから生活動線上でアートに触れる体験を継続的に展開。 自社施設を活用した公募展の開催やアート拠点の創設、またレジデンスアートやアートピアノの全国展開等、様々なアート体験を通じて豊かで心地よい生活の提供を目指している。BAGは、「暮らしとアート」をコンセプトに、東京京橋の芸術文化の歴史的文脈を活かし、街と人とアートの繋がりを意識してギャラリーを運営している。
https://www.brillia-art.com/bag/